チーム沿革
 慶應義塾スケート部の歴史は、大正年代(大正10年以前)に山岳部部員を中心とするスケートを愛好する塾生の間に、三田スケート倶楽部という任意の体育団体が結成されたことに始まり、大正12年12月末に松原湖において記念すべき第一回の合宿が行われたことが記録されています。その後、昭和2年4月19日に体育会に加入し、慶應義塾体育会スケート部が創設されました。大正14年に開始された日本学生氷上競技選手権大会(インターカレッジ)において、慶應は戦前(昭和18年を最後に戦争で中断されるまで)5回優勝を果たしており、アイスホッケー競技の揺籃期において中心的存在でありました。
 
 戦争により中断していた東京都大学リーグ戦(1部5大学)が昭和25年から再開され、以後四半世紀に亘り(昭和25年~50年まで<昭和45年を除く>)慶應は伝統校の一角として1部リーグ所属を維持しました。戦力が充実した昭和28年と29年においてはリーグ戦二連覇という偉業を成し遂げました。慶應の特徴としては多数を占める慶應高校出身者と少数の外部入学者(アイスホッケー強豪校)の組み合わせという選手構成でありながら、猛練習と慶應伝統のチームカラー(VISIONのページ参照)の徹底により、他の1部リーグ校と対抗してきたことが特筆されます。
 
 昭和51年以降はアイスホッケー経験者の入学難による他校との戦力格差により、ほとんどの期間2部リーグに所属してきましたが(昭和57年と平成13年に1部昇格したが翌年2部降格)、慶應らしいチーム作りをする基本方針に変わりはありません。平成年代に入り2部リーグで優勝または準優勝し入替戦に臨むものの1部校の厚い壁に跳ね返されることが続きましたが、ここ数年における慶應高校チームの戦力充実(部員数も多く経験者が入部)と外部高校からのアイスホッケー経験者の入学の両方が相まって、大学チームの各段の強化が図られつつあります。
 
 2009年度関東大学秋季リーグ戦においてディビジョンⅠグループ B優勝を果たし、入替戦にも勝利しグループA昇格が決定しましたので、今後はグループA定着を目標にさらに高いレベルへの挑戦を続けてまいります。

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